tears

 十二日朝七時いくらの汽車で鎌倉行きの往復切符を買つて乘込んだ。前の晩實は、全然の責任を負つて呉れて僕とおせいの一族との中に這入つてくれてる中村氏を駒込に夜遲く訪ねたのだが、奧さんだけにお目にかゝり、それとなく事情の切迫してゐることを訴へ、その翌朝なんです。お金も八九圓しか無かつたことであり、何うしようかと躊躇はしたんだが、だん/\と事情が迫つては來る、一應――三四日しておせいはまた下宿に逃げて來たのだ――で彼女の言ひ分も確めたいと思ひ、震災以來一度も行つたこともないんだから、一通りの樣子を見て來たいと思つて行つた譯なんだが、それが飛んでもないことになつた。小説といふものにするんだとこんな程度のものでは面白くも可笑しくもないんだが、自傳小説の一節としては僕はやはり記録して置きたい。

 ストーヴのまわりには朝からいろいろな客が入替った。が耕吉のほかにもう一人十二三とも思われる小僧ばかりは、幾回の列車の発着にも無頓着な風で、ストーヴの傍の椅子を離れずにいた。小僧はだぶだぶの白足袋に藁草履をはいて、膝きりのぼろぼろな筒袖を着て、浅黄の風呂敷包を肩にかけていた。
「こらこら手前まだいやがるんか。ここは手前なぞには用のないところなんだぜ。出て行け!」
 掃除に来た駅夫に、襟首をつかまえられて小突き廻されると、「うるさいな」といった風で外へ出て行くが、またじきに戻ってきて、じっとストーヴの傍に俯向いて立ったりしていた。
「お前どこまで行くんか?」耕吉はふと言葉をかけた。
「青森まで」と小僧は答えた。青森というのは耕吉の郷国だったので、彼もちょっと心ひかれて、どうした事情かと訊いてみる気になった。

 彼はその晩も、こう言って、血相を変えて私に喰ってかかった。酒を飲んでいた私は、この突然な詰問に会って、おおいに狼狽した。
「あれは、けっして君のことを書いたというわけではないじゃないか。あんな事実なんか、全然君にありゃしないじゃないか。君はKに僕と絶交すると言ったそうだが、なぜそんなに君が怒ったのか、僕の方で不思議に思ったくらいだよ。君がサーニン主義者だなんて、誰が思うもんかね。あれはまったく君の邪推というものだよ。君はそんなことのできるような性質の人ではないじゃないの」私はいちいち事実を挙げて弁解しなければならなかった。
「そんならいいが、もし君が少しでもそんな失敬なことを考えているんだと、僕はたった今からでも絶交するよ。失敬な! 失敬な!」彼はこう繰返した。